ゴルゴおじさんの独り言

50歳の方が昔を懐かしむためのブログ

新要件時代の現金機の連チャンデジパチについて思うこと

こんばんは。

ゴルゴ103でございます。


今日は、新要件時代(1990年10月から施行、実際の台の設置は1991年1月から)が始まってから、1996年から始まる「社会的不適合機」自主撤去までの現金機の連チャンデジパチについて、私的に総括したいと思います。


実際には、1991年1月から1993年10月まで、「ダービー物語事件」までの現金機の連チャンデジパチですね。

この事件をもって、連チャンデジパチはリリースされなくなりましたので。

約2年10ヶ月の間にリリースされた台になります。

現金機の、保留玉連チャン機、モード式連チャン機、確率変動機が対象です。

ノーマル機は含めません。



まず、先に書いた文字をもう一度ご覧になって下さい。

「社会的不適合機」

こう呼ばれたんですね、私がブログで回想した連チャンデジパチのほぼ全てが。

「みなし機」この言い方も、相当ムカつくんですけどね。


ただ、Twitterに出した時とだいぶ、考えが変わってきてはいましてね。

私自身がブログを始めてみて。

Twitterに出したものをもう一度、更に詳しく記事にしてみて。


本来、連チャン機って存在しないはずなんですね、大義的には。

厳密には違法ですからね。

パチンコメーカーが保通協の検査、試射試験を誤魔化して。

色々な方法を駆使して、連チャンを実現させてたわけですよね。

それをお上は「黙認」をしてた。

「警告」は出しつつもね。

メーカーの姿勢も悪いですよね、確かに。

それでもね、やっぱり・・・。


以前「ダービー物語事件」てのをご紹介致しましたよね。

お上のCR機構想の為に、これらの連チャンデジパチのほとんどが、2回目の検定を通過出来なかったんです。

または、即撤去と。


お上の、パチンコ産業から銭をかすめ取ろうとする姿勢も姿勢なんですが。

パチンコメーカーの黒い姿勢もね。

なんとも言い難く。

確かに当時、脱税の上位の常連でしたからね、パチンコ関係者は。

どっちもどっちなのかな、と。

ブログ開始以降、「お上のせい」だ、て言う考えは、だいぶ薄れてきましたね。


1990年10月以前の旧要件時代と、それ以降の新要件時代。

どちらが楽しかったか、と問われれば。

私より年上の世代の方たちは間違いなく、旧要件時代の方が楽しかったと言うでしょう。

私もギリギリ、旧要件時代に打てた世代なので。

そちらを挙げますよね。

金が無ければ、羽根モノで、低額で堅く勝てましたしね。

金があれば、一発台を打てば良いし。

デジパチでもアレパチでも、打てば良いですし。

私は打ちませんでしたけども。

まだ10代で若く、怖いし、お金がありませんでしたから。


当時の台は定量制でしたから。

羽根モノも一発台もデジパチも、

4000個打ち止め。

芸術的に釘を曲げた調整の台も多く。玉の動きに一喜一憂出来た時代でした。

これぞパチンコ、と言う時代でしたよね。


新要件時代に入り、パチンコの大当たり確率は、

(ラウンド数×カウント数)÷大当り確率<0.8

この範囲内に収めればよくなり。

自由度が増したとは言え。

出玉の上限は、1回の大当たりにつき

2400個以内、と決められた中で。

各メーカーが知恵を絞って、どう出玉を演出するか。

そこから産まれたこれらの連チャン機たち。

厳密には違法とは言えね。


世の中も、バブルの絶頂期から。

バブル崩壊期間が、1991年3月から1993年10月と言われてますから。

まさに、絶頂と崩壊のときと重なるわけです。


私は、このときの現金機デジパチが大好きでした。

デジパチを初めて打った、てのも少なからずあると思いますが。

特に、保留玉連チャン機が大好きでした。

同世代の方にも、賛否両論あるとは思いますけど。

私は、勝てたし、楽しかったですね。


私は、CR機になった途端に、パチンコを極端に打たなくなります。

初期のはだいぶ打ってますけどね。

このあとも、数台はCR機デジパチを紹介はしますけれども。

パチンコが嘘臭くなったんですね。

当たらなくなりましたし。


私の20代前半を共に過ごした、これらのパチンコ台たち。

今また打てるのならば、とことん打って勝負してみたい。

もう「叶わない思い」なんですけどね。


もう私は、パチンコを打たなくなって久しいので。

今のパチンコが分かりませんし。

とやかく言うつもりはないけれども。


パチンコはね、難しくしてはダメなんです。

大当たり確率が悪くて、当たらないのもダメ。

それに、出玉が伴わないのもダメ。

ましてや、リーチの消化に何分もかかっては、ダメなんですよ。

煽るだけではダメ。

結果、はスッキリと早く。

そこまでをいかに煽るか、なんです。


時代の狭間に、たった3年弱の間に。

産まれては消えて行った、これらの台たち。

面白かったし、出たし、勝てたし、

コテンパンにもされたし、

何よりも楽しかったですね。



次からパチスロ3号機を出していきます。



今日はこの辺りで。

ありがとうございました。

ではまた、次回。

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